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2006/8/13-16 ハウステンボスと長崎NO.2
長崎駅に着いたとき昔の三角屋根の趣深い駅とは違ったモダンな駅になっていて少しがっかりした。
駅からシーサイドライナーの向こうに泊まる予定のベストウエスタンプレミアムホテルという長い名前のホテルが見えた。プリンスホテルが変わったそうでタクシーの運転手も覚えられない長い名前だ。しかし値段だけは一流だ。
ホテルから下を見るとバス溜まりが見えものすごい数のバスが止まっていた。長崎はバスが多くいつ見ても4・5台のバスが連なって走っている。人口の割に多すぎる。
市電が縦横に走っていて一回100円でとても便利だ。地上を走っているので目に見えて旅行者には便利だ。
まず大浦天主堂に行った。私は福岡の出身なので昔から何回も行ったが、夫が行きたがったので20年ぶりに行ってみた。昔とすっかり変わってお土産屋が建ち並び下品に呼び込みなどしていて気分が滅入ってしまった。
大浦天主堂の近くに絵本館なる建物が出来ていたが興味はなかった。
グラバー邸も大浦天主堂と同様にエスカレーターなどできて便利になっていたが昔のしずかなたたずまいのカケラもなかった。600円入園料損した。
名所のひとつめがね橋は暑さのせいか人通りも少なくよかったが、お盆休みでコーヒーショップなど休みで休憩するところがなくてへとへとになった。
思案橋は電停からすぐよこに入り口がある古い昭和のうらぶれた商店街の様相だった。通りを進んで行くと丸山町と書いてあった。ここ辺りが昔の色町だったのだろうか。
丸山町の交番がありこの辺から少しづつ整備されていて「長崎さるく博」のコースらしい。さるくとは方言で歩くと言う意味である。
花月は昔の芸者置屋でなかにし礼の「長崎ぶらぶら節」の舞台になったところだそうだ。面白い物語だった。映画にもなったが見なかったけど。
この商店街あたりは「はまん町」と呼ばれている繁華街である。「はまん」とは方言で「はまの」と言う意味だ。九州では「の」が「ん」に変わることが多い例えばこん町はこの町だ。
はまん町辺りで「いきなり団子」という旗が立っていてとても懐かしかった。昔熊本にいたとき、とても好きだった。サツマイモに餡をのせそれに団子粉をつけて蒸したものだ。今は餡がにがてで食べないけど。団子は方言でダゴと言う。
吉宗は長崎の老舗でちゃんぽんと茶碗蒸が有名で東京銀座にも支店があり、慶長2年からあるそうだ。
崇福寺は1629年の福州人達が故郷をしのんで建立したそうだ。
南支建築というもので日本では他にないそうで、案内のおじさんに言わせたら文化財の宝庫だそうだ。
崇福寺には中国盆が間近でちょうちんが飾られていた。
崇福寺のちょうちんはきらびやかでまだまだおばさんが次々作っていたのでもっと飾られるのでしょう。
崇福寺の氏子さん達はお盆の支度で大忙しでみんなで飾り付けや料理の準備をしていた。
江戸時代出島はただひとつの貿易が出来る場所で、今では出島ワーフとなって食堂やお店が建ち並ぶ港となっていた。
出島ワーフから少しあるくときれいに整備された公園と美術館がありその横にキャナルパークと書かれたレストランで夕食を取りました。ディナーがわずか一人2625円で牛ヒレコースとなっていてこれがヒットで店の感じも良く大変美味しかったので疲れがとれた。バックミュージックのjazzも心地よかった。
8/15は長崎精霊流しだ20年前もその日に長崎に来たのだが見ることは出来なかった。今回は夕方から構えて見学に行ったが爆竹が正直あのようにすごい音と煙とは思わなかった。暑さのせいもあって気分が悪くなってホテルに戻った。しかし趣深い行事ではある。
8/16特急かもめで博多まで行きそこから新幹線で帰路についた。JR九州の電車は1月にも乗ったがかなり良く、かもめのグリーン車はクーラーが効きすぎなければ快適であった。料金も良心的だ。無事旅も終了。電車の旅もなかなか良いものだった。

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